ジョニーデッププロデュース「Stuff」

ミュージシャンとしてのジョニーデップは、熱心なギタープレーヤーです。
彼は、ローリングストーンズのファンで特にギターのキースリチャードのファン
インタビューでも彼を「僕の生涯において、最高にすばらしい人」と絶賛していました。

ジプシー語音楽のグループ「Taraf de Haidouks 」の友達でもありファンで
もあります。

もう一人の友人は歌手であり、ソングライターでありギタリスト
であるジョンフルシアンテです。

ジョンフルシアンテとは
1989年にレッドホットチリペッパーズに入り
1992年、- 世界ツアーでの日本来日中、突如帰国、脱退してしまった人ですが、

ジョニーデップはジョンフルシアンテがレッドホットチリペッパーズを去った後に彼の最初のソロアルバムを録音するのを奨励しました。

そして、ジョニーデップはジョンフルシアンテの人生についてのミニドキュメンタリー
「Stuff」をプロデュースしたのですが

これが昔風に言うと、サイケデリック?
とにかく、音楽も、画像も「ワケがわからん」
解るのは「汚いところに住んでいる」ということ。

11分強の動画ですが管理人は見入ってしまいました。
残念ながらジョニーデップは映っていないようです。

綺麗好きな人は見ないほうがいいかかも。

ジョニーデップの感性を知りたい方はどうぞ。

ジョニーデッププロデュース「Stuff」

ジョニーデップ 娘、息子

ジョニーデップは,
ローリアンアリソンとの彼の最初の結婚が終わったあと、

シェリリンフェン、ウィノナライダー、ジェニファーグレイ、
ケイトモス等とデートしたり噂になったりしましたが

1998年以降、ジョニーデップは「Ninth Gate」を撮影している間、
フランスの女優で歌手である、ヴァネッサパラディに夢中になり親密になりました。

この二人には、2人の子供たちがいます。
1999年5月27日に生まれた娘
リリーローズメロディーデップ

彼女は、病気の詳細は公表されていませんが、重病から回復して
病院生活をしています。

2002年4月9日に生まれた息子
ジョンクリストファーデップ3世

ジョニーデップは現在結婚はしていませんが
「僕の人生は1999年5月27日を機に180度変わった。それまでの人生は霧の中にいるようなものだった」
「子供を持つことは、仕事、人生、全てのことに
いい影響を与えてくれた」と言っています。


ジョニー・デップの新作アクションが地上波初放送!
「レジェンド・オブ・メキシコ デスペラード」が

2007年6月10日(日) 21:00-22:54
テレビ朝日系列で放送されます。

ジョニーデップ 映画

ジョニーデップの映画での最初の役は
「エルム街の悪夢」で主演女優のボーイフレンド役で
フレディーに殺される役でした。

1986年のオリバーストーンの「プラトーン」で
ベトナム語を話す兵士役で2回目の映画に出ました。

1990年「シザーハンズ」に主演し、ジョニーデップは
ティーンのアイドルイメージを消し去りました。

1994年の「エド・ウッド」から
スリーピーホロー(1999)、チャーリーとチョコレート工場(2005)
コープスブライド(2005)など

ティム・バートンとの長い付き合いに
ジョニーデップの映画の成功があるといえます。

そして2003年ジョニーデップが大スターになった映画が
ウォルトディズニーの映画

「パイレーツオブカリビアン//呪われた海賊たち」で
海賊キャプテンジャックスパロウを演じ

アカデミー主演男優賞にノミネートされました。

でも、内部では、演技には否定的な意見が多かったのですが
映画を見た人たちによりキャプテンジャックスパロウの
キャラクターが大人気になりました。

この映画のディレクターは、
キャプテンジャックスパロウのキャラクターが
ジョニーデップ自身のキャラクターに似ていると言い

ジョニーデップは自身はイギリスのロックバンド
「ローリングストーンズ」のギターリスト「キーズリチャード」
のようなキャラクターを作ると言っていました。

確かにキーズリチャードのような雰囲気がありますね。

ジョニーデップ バンド、TV

ジョニーデップは、12歳のとき母親からギターを買ってもらい
バンドを始めました。

彼の最初のバンドは、彼のガールフレンドの、メレディスのために作られました。

彼の両親が離婚した1年後に、ロックミュージシャンになるために高校を中退。
2週間後に高校へ戻ろうとしたが、校長に
「ミュージシャンになる夢をあきらめずに追いかけろ」と言われ

「KIDS」と言うバンドでギターを引き続けました。
そしてメンバーはレコードを出すためロスアンジェルスへ行き
バンドの名前も「Six Gun Method」に変えました。

そして、「Rock City Angels」と言うバンドとコラボし、共同でデビューソング
「Mary」を作りました。

1987年、TVシリーズ、『21ジャンプ・ストリート』に主演、
実はこの作品の出演にはあまり乗り気ではなかったと言われています。

しかし、その頃はあまり仕事もなく、また俳優フレデリックフォレストと共演したいという
思いから結局出演しましたが

元々テレビに出たくなかったため、やる気のない演技をしたり小細工をしたと
いわれています。

そして、ジョニーデップは10代の人気アイドルになりました。

その頃の、21ジャンプ・ストリートの画像(動画)です

ジョニーデップ 幼児期・結婚・離婚

映画「パイレーツオブカリビアン・ワールドエンド」主役の

ジョニーデップ 幼児期

ジョニーデップの家族はジョニーデップがの幼児期に何度も引越しをし、
彼と彼の兄弟は20以上の異なる場所で生活をしました。

そして、ジョニーデップが7歳のとき、ミラマー(1970年のフロリダ)に定住し
1978年、ジョニーデップが15歳のとき、彼の両親は離婚しました。

家族の問題と彼自身の不安定に対処するストレスのために、
ジョニーデップは子供の時、自己危害に係わりました。

その頃の傷跡が今でも7つ、8つのこっています。

1993年のインタビューにおいて、ジョニーデップはそのことに触れ

「私の体は、ある意味、日記のようなもの。」
「体を傷付ける人には何か意味があり人生の特殊なとき」など

恵まれた環境にいなかった子供の頃のことについて話しました。

1983年、12月24日
ジョニーデップは彼のバンドのドラマーの姉妹で、彼のメイクアップをしていた
ローリ・アン・アリソンと結婚しました。

結婚中、ローリ・アン・アリソンはメーキャップ・アーチストとして働き、
ジョニーデップは、インクペンのためのテレマーケティング会社など
様々な臨時の仕事をしていました。

その後、ジョニーデップの妻はジョニーデップを俳優ニコラス・ケイジに紹介し、
ニコラス・ケイジはジョニーデップに俳優で身を立てるようアドバイスをしました。

1985年、ジョニーデップとアリソンは離婚しました。

ジョニーデップ プロフィール

ジョニーデップ プロフィール

本名:John Christopher Depp II(ジョン・クリストファー・デップ・二世)
生年月日:1963年6月9日
出生地:アメリカ、ケンタッキー州、オーエンズボロ
身長:178cm
体重:70kg

父:ジョン・クリストファー・デップ・シニア
母:ベティー・スー・ウェルズ
兄:ダニー
妹:クリスティー、デビー

上の妹クリスティーは、以前、ジョニーデップのマネージャーをやっていました。

デップ家は、ドイツとアイルランドの系の祖先を持ちますが、
1700年頃ヴァージニアに移住したフランスの Calvin派の新教徒だった
ピエール・デップまたはディエップが起源のようです。

デップという姓は珍しいので
ジョニーデップは、彼が彼の姓の起源を知っていなくて、

「ドイツ語で(ばか)」と翻訳すると冗談を言っていたようです。
(実際にそのような意味があるにはあるようですが・・・)

デップの母方の曾祖母(ミニー)は純血のチェロキーでした、そして、彼の父もチェロキーの血が流れているようです。
チェロキーとはアメリカ州の先住民族のことです。

映画パイレーツオブカリビアン・ワールドエンド
や画像で見るあの独特な顔つき、なんとなく納得してしまう血統です。